2026/04/02 01:49

「正しさだけでは、人はもう前に進めないのかもしれない」


『呪術廻戦』第3期「死滅回游」を観ていると、最初に胸へ落ちてくるのは、そんな重さだ。

第3期は**「死滅回游 前編」として、2026年1月8日からMBS/TBS系で放送され、第59話「仙台結界」までで前編が一区切りとなった。公式サイトでは第4期「死滅回游 後編」は続報待ち**と案内されている。 


この章は、派手なバトルが見どころの作品であることは間違いない。

でも、それだけではない。


渋谷事変のあと、虎杖はもう“まっすぐな主人公”の顔だけでは立っていられない。

第3期は、そんな彼が自責を抱えたまま再び立ち上がり、伏黒たちとともに「死滅回游」へ向かう物語として始まる。公式のあらすじでも、虎杖が渋谷での大量殺人への自責を抱えつつ、天元から「死滅回游」の仕組みを聞かされる流れが示されている。 


これは、ただ“強敵を倒していく話”ではない。

むしろ「壊れたあとで、それでも戦うしかない人たち」の物語だ。


『呪術廻戦』が刺さる理由って、結局ここなのだと思う。

敵が強いから面白いのではなく、

登場人物たちがみんな、心のどこかを削られたまま戦っているから苦しい。


死滅回游という舞台自体も、不気味だ。

ルールがあるのに救いがない。

ゲームのようでいて、まったく遊びではない。

PVでも、虎杖や伏黒に加えて秤、綺羅羅、日車、レジィらが映され、**“呪術を与えられた者たちの殺し合い”**としてこの章の緊張感が打ち出されている。 


ターゲット層の観客に向けて言うなら、

この第3期は、**「渋谷事変が好きだった人ほどしんどくて、でも見届けたくなる章」**だと思う。


なぜなら、ここではもう“以前の呪術廻戦”には戻れないから。

仲間がいて、先生がいて、どこかに学園ものの呼吸が残っていたあの頃とは違う。

五条悟の不在が作品全体の温度を一段低くしていて、その寒さの中で、それぞれが自分の役割を背負わされていく。 


個人的な感想を言えば、

この第3期はかっこいいのに、ずっと苦い。


戦闘は鋭い。

演出も張り詰めている。

でも観ていて高揚するだけじゃない。

「勝っても、何かが元に戻るわけじゃない」という感覚が、ずっと底にある。


だからこそ、この章の虎杖は痛いほど人間的だ。

正義のために戦うというより、

戦わなければ自分を保てないから戦っているようにも見える。

その危うさが、ヒーローらしさより先に胸へ来る。


OPはKing Gnu「AIZO」、EDはjo0ji「よあけのうた」で、どちらもこの章の重さと余韻によく合っていた。特にEDは、虎杖の気持ちに寄り添って書き下ろされたと公式に案内されている。 


最後に。


『呪術廻戦』第3期「死滅回游」は、

呪いや戦いのスケールが広がった章であると同時に、

“傷ついたまま進むしかない若者たち”の物語でもある。


爽快さより、痛みが残る。

希望より、覚悟が先に立つ。

でもその深刻さこそが、この作品をただのバトルアニメで終わらせない。


観終わったあとに残るのは、

「面白かった」だけではなく、

生き延びることそのものが、すでに戦いなのかもしれない

という、少し重たい実感だ。